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えっ、日本の「デジタル収支」が赤字⁉


【連載】頑張れ!ニッポン㊽

 

えっ、日本の「デジタル収支」が赤字⁉

釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)

 

 

 最近日本の「デジタル収支」が赤字だとの報道を目にした。デジタル収支とは、経常収支のうち、デジタルサービスの輸出入に関する収支を指すものである。具体的には、クラウドサービス、動画や音楽の配信サービス、ソフトウエア、生成AIなどデジタルサービスについて、海外から日本への収入(即ち輸出)と、日本から海外への支払い(即ち輸入)の差額を表す。
 日本においては、海外のデジタルサービスを利用する機会が増え、その利用料やライセンス料の支払いが増えている。その一方で、日本から海外に提供できるデジタルサービスが少ない。デジタルサービスの利用料として海外へ支払われる金は、日本の国富が海外へ流出していると見なすことができる。
 日本の経常収支全体としては黒字基調にあるが、この内の貿易収支に関しては赤字基調になっている。これは主に発電用に石油や天然ガスを大量に輸入している事や円安が続いている事に起因しているのだろう。
 そして、日本からの輸出で多くを占める自動車輸出が、トランプ関税で先行き怪しくなっており、今後の貿易収支は悪化が予想される。だから、デジタル収支の赤字を改善して行く努力が求められる。しかし、デジタルサービスは日本の苦手とするソフトウエア技術に依存しており、改善への道は厳しいのではないだろうか。

アマゾンプライムは米国の収入に

 さて、デジタルサービスをもう少し具体的に見てみよう。
 身近なものとしては、動画配信や音楽配信サービスがある。ユーチューブやアマゾンプライムなどの動画やビデオ配信も。ユーチューブは私もお世話になっているが、ユーチューブを経営しているグーグルは米企業であり、その売り上げは米国に行く。私はアマゾンプライムで月額600円を払ってビデオを見ているが、これも米国の収入だ。

 

▲筆者が利用するアマゾンプライム

 

 この他にもNetflix、Disney+、Spotifyなどがある。私は利用しないが、日本での利用者は多い。これらはすべて米企業によるサービスだ。もちろん、日本企業による動画配信もある。例えば、TVerニコニコ動画などだ。だが、これらは国内向けが主であり、とてもじゃないがグローバルに展開しているとは言えない。
 収入が多いのが、世界的に幅広く展開しているマイクロソフト社などが提供するOS(パソコンの基本ソフト)やワードやエクセルなどのソフトウエア関係である。これらの収入は巨額であり、日本のデジタル収支赤字の元凶とも言える。
 以上は個人向けサービスだが、デジタル収支最大の赤字要因は、クラウドサービスの売り上げだろう。この分野でも米国企業が圧倒的優位にある。GAFAと呼ばれる巨大企業が世界市場を支配しているのだ。
 アマゾンはAWS(アマゾンウエブサービス)と呼ばれる事業でトップの座を確保している。マイクロソフトはAzure(アジュール)というクラウドサービスを提供している。そして、グーグルも「グーグルクラウドプラットフォーム」なるサービスを用意している。

 

マイクロソフトクラウドサービス「アジュール(Azure)」

 

 以上がクラウドサービスの上位を占める3社である。情けない事に日本企業の多くはこれらのサービスを利用しないと事業が成り立たない。日本企業によるクラウドサービスも無い事はないが、日本の商習慣やニーズに合わせたサービスや、特定の分野に特化したサービスが主なものである。
 NTTグループNTTコミュニケーションズなど)は、政府機関や大企業を相手のビジネスで強みを発揮している。富士通は上述のAWSやAzureを基にして日本の商習慣に合ったサービスを提供中だ。さくらインターネットも国内の中小企業に向けたサービスを展開している。この他、IIJインターネットイニシアティブ)も国内企業向けのサービスを提供している。

 

▲東京・飯田橋に本社があるIIJ

 

日本はIT人材が異常に少ない

 このように、いずれの日本企業も国内マーケットを相手にビジネスを展開しているだけで、グローバルな事業展開をしているとは言い難い。国内マーケットがそこそこあり、その中で事業を行っても何とかやっていけるからだろうか。また、米国企業の壁が非常に高くそれを乗り越えてグローバル市場へ出て行くだけのエネルギーが無いのか。
 では、なぜ日本はデジタルサービスで出遅れてしまったのだろうか。
 かつて日本はハードウエアが中心の時代には、製造業で強みを発揮していた。近年、ソフトウエアやプラットフォームを中心に発展する時代に変ったのに、日本はその変化について行けなかったという事だろうか。ハードウエアに強かっただけに、その強みに頼り過ぎたのかも知れない。
 日本ではIT人材が量的にも質的にも不足しているとの指摘もある。その上、経営層がデジタル技術やITへの理解が不十分で、デジタル化を単なる業務改善の手段としか捉えていないのだ。デジタルやITを事業の中心に据えて、価値創造への取り組みを推進すべきだと言われているが、大学教育でも先端的なIT技術を学べる機会が少ない。以上のような状況では、日本のデジタル収支改善の見通しは暗いと言わざるを得ないだろう。
 ところで、トランプ大統領は衰えてしまった米国の製造業をなんとか立て直そうと躍起になっている。私から見れば、衰弱した製造業などは放っておいて(彼の岩盤支持層は離れるだろうが)、得意とするデジタル分野をより一層強化する方が得策ではないか。トランプ大統領よ、製造業は日本に任せてもらいたい。

 

 

【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】

昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。本ブログには、平成6年5月23日~8月31日まで「【連載】半導体一筋60年」(平成6年5月23日~8月31日)を15回にわたって執筆し好評を博す。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)